1966年、私は「丙午(ひのえうま)」の年に生まれました。
この年は、古い迷信の影響で出生数が大きく落ち込み
前年比25%減という特異な年だったと言われています。
日本で広まった代表的な迷信は
「丙午の年に生まれた女性は気性が激しく、夫の命を縮める」ということから
「丙午の年は子どもを産まないほうがいい」——そんな根拠のない言い伝えが
実際に統計を動かしてしまったのです。
子どもの頃はそんなことを知るはずもなく、上と下の学年と比べれば
ただ「同級生が少ないなあ」と感じる程度でした。
(とはいえ過去に一度だけ出席した同窓会で感じたことは
独身女性が多いな~というものでした笑)
そしてそれから23年後の平成元年。
今度は迷信ではなく、社会の変化そのものが出生率を押し下げ、合計特殊出生率が
1.57となったことが大きな衝撃として受け止められました。
これがいわゆる「1.57ショック」です。
では丙午の年と1.57ショック —— 何が違って、何が同じなのか
🌿 昭和41年(1966年)丙午
- 迷信による“産み控え”が主因
- 出生数は約25%減
- 翌年・前の年に出生数が増え、3年平均では4%減にとどまったという分析も
- 社会的背景よりも「心理的要因」が強く働いた年
🌼 平成元年(1989年)
- 出生率が 1.57 と、戦後最低を更新
- 迷信ではなく、晩婚化・働き方・子育て負担など“社会構造”が原因
- これを機に国が本格的に少子化対策へ舵を切る
- 1994年「エンゼルプラン」1999年「新エンゼルプラン」2003年 少子化対策基本法施行
丙午の年に生まれた私は、出生数の話題を聞くと、どうしても自分の原点と
重ねてしまいます。
- 迷信で揺れた1966年
- 社会構造で揺れた平成元年
- そして今、さらに深刻化する少子化
時代によって理由は違っても、「子どもを産み育てる環境」が社会全体の空気に
左右されるという点は共通しているのかもしれません。
次回はこのテーマについて行政書士の立場としてできることを
ご提案したいと思っています。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


